サッカーボール

【カズ】三浦知良という生き方に憧れて

カズは憧れの的だった

言葉を選ばずに言うと、「カズの生き方が好きだ」

僕にとってのカズこと三浦知良は「黄金の読売時代のスーパースター」。当時、読売クラブ(現:東京ヴェルディ1969)には、ラモスや武田、北澤や柱谷、都並、加藤久、菊原など、日本代表に名を連ねるスーパースター達が顔を揃えていた。

そして、常に読売クラブのライバルとして戦っていたのが日産自動車(現:横浜F・マリノス)でしたが、日産自動車にもまた、木村和司や井原と言ったスーパースターが揃っていた。

当時は国立競技場をはもちろん、現在特に高校サッカーでは有名な西が丘サッカー場でも多くの試合が行われていた。当時はまだプロ化される前だったが、小学生の僕から見たらとてもハイレベルで楽しいサッカーが繰り広げられていた。

カズはいつもゴールを決めた

当時の日本サッカーは世界から見ればまだまだレベルが低いものだったことは事実だろう。今でこそワールドカップに出るのが当たり前に思われている日本だが、当時はまだ初出場を果たしていなかった。

ただ、それでもその後の日本サッカーで散見されたディフェンスラインで前に進まないパス回しを繰り返し、相手が来たら前線に大きく蹴るだけのサッカーとは異なり個が光る時代だった。

カズは無名な高校生だった

カズは小さい頃から有名だったわけでも高校サッカーで大活躍したわけでもなく、ブラジルに行き己を磨きき、鍛え上げ、そして日本サッカー界を牽引する存在にのし上がっていった。

ただの無名な少年は、15歳でブラジルに渡り、ブラジルサッカー界の強豪サントスでプロ契約を果たす。ブラジルで日本人がプロ契約を結ぶことは想像以上に難しいもの。

言葉の壁や、偏見、ブーイングや冷遇など、数々の苦難があったことだろう。しかし、己を磨くことに徹し続け、いまなおプロとして現役を続けているその魂はレジェンドという言葉でさえ物足りない。

生き方を貫き続ける三浦知良

カズの信じられないほど愚直な姿勢は、いまも変わらず多くの人を魅了しているのではないだろうか。時にカズを見て元気をもらい、また時にはカズと自分を比較して不甲斐なさを感じることもあることだろう。

世界を見てもカズほど真摯にサッカーに向きあっているプレーヤーはいない。どこまでもサッカーを愛し、そしてカズという生き方を貫き続けている三浦知良にこれからもエールを送りたい。

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非現実的だとは理解していても、ドーハの悲劇、そしてフランスワールドカップでの日本代表落選を知っていれ人であれば、カズがワールドカップでプレーする姿を見てみたいと願っているのではないだろうか。

>> 三浦和良オフィシャルサイト

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smiletrip-oneworld.com
「16歳で渡英」初海外を経験し価値観と概念が広がる。その後30ヶ国のひとり旅を経験。本気で死にかけたことは2度ほど。南米で2年半の蹴球生活を終えて帰国。小心者ながら、海外では西語と英語を話せる風の日本語ゴリ押し戦略で常に突破口を切り開いてきた旅人。最近Google Mapの使い方を知った30代ながら自称ノウハウコレクター。現在は「人生のレールなんかない」をテーマにブログで発信。
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