雑記

「もう来なくていい。」

もう来なくていい。
 

あなたは、言われて嬉しいですか?
 
 

一見すると、ネガティブな印象を受けますか?
 


いえいえ、実は、僕にとっては”最高の一言”でした。

 

僕は以前大きな手術をしました。
 

それから6年が経ちました。
 

毎年のように、年に一度の定期検診に大阪へ。
 

だいたいいつもトンボ返り。大阪に大学の友達も地元の先輩もいるのにね。
 

携帯紛失して以降、ほぼ全員連絡取れなくなった。笑
 

どこにも番号メモしてなかったしね。
 

まあ、それは別にいいんだ。縁があればいつかまた会うだろうから。
 

6年前を振り返ると、数日間の葛藤がありました。
 

こう言う類の話を、数日間の葛藤で決めるのも自分らしいというか、良くも悪くも深く考えないようです。
 

悪く言えば、「浅はか…」僕を知る人からはこう言われることが多いです。
 

で、話を戻すと、
 

そうそう、6年前の手術は実は人生2度目の大手術。
 

6歳の頃に一度手術をして完治したと思っていたんだけど、

 

いわゆる”再発”ですね。
 

6歳の時は、保育園で母親の迎えを待っている時に起きました。
 

あまりの突然の出来事に、先生は驚いたでしょう。
 

迎えに来た母親も、第一声は、「本当に痛いの?」でした。
 

そのうち、痛くてたうち回っていた僕を見て、「これは本当だ!」と思ったのでしょう。
 

いやいや、マジで痛かったからね。笑
 

で、時はすぎて6年前、あることから、再発が見つかりました。
 

その時、ある医者には、こう言われました。「できれば手術はしたくない。麻痺が残る可能性が8割…
 

まあ、経験がそもそもなかったんでしょう。そして、一般的に見て難しいとされる手術だからですね。
 

こんな言葉を聞いて手術に踏み切れるわけもなく、 
 

手術は必要、でも、成功しても麻痺が残る確率は相当高い。
 

悩んだのは、僕だけじゃないでしょう。
 

その時は、僕自身は親ではなかったけど、父親となった今なら、気持ちは分かります。
 

息子をこの先も生かすなら手術しかない。でも、手術が成功しても高確率で麻痺は残る。
 

この選択を迫られてたら、親としては相当きついですね。
 

母親は、僕が知らないところで良い医者を探し回っていたのでしょう。
 

そして、出会ったのが、日本、いや世界を代表する名医”富永先生”
 

僕の命の恩人です。
 

この先生を見つけて来た母親は、僕にそのことを伝えました。
 

その時の僕の心境は、
 

今手術したら、もうサッカーは完全に諦めないといけない。
 

けど、
 

ここで手術しなかったら、死ぬリスクもあるし、何より母親に申し訳ないな…。
 

少し考えた後、まずは、その先生に話を聞きに行くことにしました。
 

そして初診の日、先生が口にした言葉は、「簡単だよ。
 

その一言で手術を決めました。一番ホッとしたのは母親だったかもしれません。
 

「先生からは、手術をしたら、最低5年は激しいスポーツダメ。もちろん、サッカーもできないよ。」
 

と言われましたが、もう選択の余地はありませんでした。
 

富永先生しか治してもらえる人はいない、という気持ちしかありませんでした。
 

あれから6年。
 

術後の経過は順調で、薬を飲みながら経過観察を続けていました。
 

そして今日、
 

完璧に治っている。薬もいらない。もう来なくていい。
 

ようやく終わりました。
 

母親は、僕が感じる以上に、僕の病気に対して負目を感じていたと思います。
 

今日、それも終わったのであればいいな、と思うばかり。
 

忙しい富永先生に、無理を承知で写真を撮ってほしいとお願いしたところ、快諾してくださいました。
 

おそらく、今日が富永先生と会う最後の日になるでしょう。
 

富永先生に、「ありがとうございました。頑張って生きていきます。」と、感謝の気持ちを伝え、病院を後にしました。
 

長かった…いや、あっという間だった…。
 

面倒だと思っていた年一回の大阪通いも、 もう来なくていいのかと思うと、感慨深いものがありました。
 

富永先生、本当にありがとうございました。

 

ちなみに、僕は初めての時も、再発した時も、奇跡的に名医に会うことができました。

 

本当に、感謝の気持ちしかありません。

ABOUT ME
Ryoga
フリーのフリーター。別名、無職。「強さより撓やかさ」